東京の桜 ― 2009年04月02日
1日-2日の予定で東京へ出張していた。戻りは余裕を見て遅い時間帯の便を予約していたのだが、1日目で予定されていた目的を終えてしまい、帰りの時間までポッカリと時間が空いてしまった。
今回は週の真ん中で1泊だけの出張だったので、実家には泊まらずに池袋のビジネスホテルに宿泊していた。今回出張の目的地が池袋だったわけでもなく、特別に馴染みの町だったからでもない。本当は新宿あたりに泊まろうと考えていたのだが、手頃な宿泊料金のホテルがどこも満室で、探している内に少しずつ遠くなって池袋に決まったのだ。
さて帰りの便までタップリと時間が空いてしまった。何をやって過ごそうか・・・そう考えている内に「今が見頃」の桜を思い出した。
もう10日以上前に「東京で桜が開花」のニュースが全国に流れていたはずだが、その後の冷え込みで満開になるのがずれこみ、ちょうどこれからが見頃というタイミングに当たったようだ。
日頃の行いが良いと、たまにはこういうこともある(笑)
というわけで出掛けたのがJR総武線の市ヶ谷駅。
市ヶ谷駅の新宿寄りに一つ手前の四谷駅から市ヶ谷駅から一つ先の飯田橋あたりまで、外堀に沿った桜並木の遊歩道がある。車を気にする必要もなく、また信号もそれほど多くは無いので、のんびり歩くにはなかなか良い散歩道なのだ。
僕の通っていた大学はこの桜並木の目の前にある。卒業後に最初に勤めた会社も九段下にあったので、当時は毎年この時期にはこの遊歩道の桜を眺めていたことになる。
実は東京へ出張する数日前に、大学時代の同級生から「6月に学校の近くで同窓会を行う」という連絡を受けていた。ずっと連絡が絶えている友人と顔を合わせる良い機会なので、できれば参加したいところだが、札幌からだとそうそう気軽に参加はできない。
そんなことがあったこともあって、「せっかく時間があるのだから久しぶりに学校の近くを歩いてみよう」と思ったのだ。
市ヶ谷駅前の交番のすぐ裏手から遊歩道が続いている。
思った通りに人の出は多いが、昼間ということもあり、混雑と言うほどではない。まだ近隣の学校も春休み中なので、歩いている学生の数も少ない。
夜の花見に備えて、ところどころブールシートを敷き場所取りをしている姿がチラホラ。ブルーシートの上ではどこかの会社の社員と思しき人間が、寝転がって退屈そうにしている。バイト代くれるなら、2時間くらいなら僕が変わってあげてもいいけど(笑)。
大学の前まで来たが、先日訪れた北海道大学と違ってこちらは警戒厳重。正門の前には警備員が二人立ち、気軽に出入りできる雰囲気ではない。もっとも北大と違って、何か絵になるポイントがあるわけでもなく、用事がないのに中に入って楽しめる場所でもないのだが。
つい何カ月か前に中大で嫌な事件があった後でもあるので、出入りを警戒するのはやむを無いのかも知れないが・・・。
正門の近くでは、すでに昼間から宴会を始めている学生たちがいた。車座になったその中心に、これはきっと先生・・・どこかのゼミの宴会だろうか。
なんとなく微笑ましく、それが懐かしい風景と感じる。甘酸っぱい過ぎ去った時が記憶の中を流れる。
今こうしている過ごしている時間がとても新鮮に感じられて、「やっぱり寄り道してよかったな」と、そんなことも思う。
たまにはこうして過去にトリップして、色々と気持をリセットする、そんな時間も必要なのかも・・・。
そんなことを考えながら歩いているうちに、気が付くと飯田橋駅に到着していた。
今回は週の真ん中で1泊だけの出張だったので、実家には泊まらずに池袋のビジネスホテルに宿泊していた。今回出張の目的地が池袋だったわけでもなく、特別に馴染みの町だったからでもない。本当は新宿あたりに泊まろうと考えていたのだが、手頃な宿泊料金のホテルがどこも満室で、探している内に少しずつ遠くなって池袋に決まったのだ。
さて帰りの便までタップリと時間が空いてしまった。何をやって過ごそうか・・・そう考えている内に「今が見頃」の桜を思い出した。
もう10日以上前に「東京で桜が開花」のニュースが全国に流れていたはずだが、その後の冷え込みで満開になるのがずれこみ、ちょうどこれからが見頃というタイミングに当たったようだ。
日頃の行いが良いと、たまにはこういうこともある(笑)
というわけで出掛けたのがJR総武線の市ヶ谷駅。
市ヶ谷駅の新宿寄りに一つ手前の四谷駅から市ヶ谷駅から一つ先の飯田橋あたりまで、外堀に沿った桜並木の遊歩道がある。車を気にする必要もなく、また信号もそれほど多くは無いので、のんびり歩くにはなかなか良い散歩道なのだ。
僕の通っていた大学はこの桜並木の目の前にある。卒業後に最初に勤めた会社も九段下にあったので、当時は毎年この時期にはこの遊歩道の桜を眺めていたことになる。
実は東京へ出張する数日前に、大学時代の同級生から「6月に学校の近くで同窓会を行う」という連絡を受けていた。ずっと連絡が絶えている友人と顔を合わせる良い機会なので、できれば参加したいところだが、札幌からだとそうそう気軽に参加はできない。
そんなことがあったこともあって、「せっかく時間があるのだから久しぶりに学校の近くを歩いてみよう」と思ったのだ。
市ヶ谷駅前の交番のすぐ裏手から遊歩道が続いている。
思った通りに人の出は多いが、昼間ということもあり、混雑と言うほどではない。まだ近隣の学校も春休み中なので、歩いている学生の数も少ない。
夜の花見に備えて、ところどころブールシートを敷き場所取りをしている姿がチラホラ。ブルーシートの上ではどこかの会社の社員と思しき人間が、寝転がって退屈そうにしている。バイト代くれるなら、2時間くらいなら僕が変わってあげてもいいけど(笑)。
大学の前まで来たが、先日訪れた北海道大学と違ってこちらは警戒厳重。正門の前には警備員が二人立ち、気軽に出入りできる雰囲気ではない。もっとも北大と違って、何か絵になるポイントがあるわけでもなく、用事がないのに中に入って楽しめる場所でもないのだが。
つい何カ月か前に中大で嫌な事件があった後でもあるので、出入りを警戒するのはやむを無いのかも知れないが・・・。
正門の近くでは、すでに昼間から宴会を始めている学生たちがいた。車座になったその中心に、これはきっと先生・・・どこかのゼミの宴会だろうか。
なんとなく微笑ましく、それが懐かしい風景と感じる。甘酸っぱい過ぎ去った時が記憶の中を流れる。
今こうしている過ごしている時間がとても新鮮に感じられて、「やっぱり寄り道してよかったな」と、そんなことも思う。
たまにはこうして過去にトリップして、色々と気持をリセットする、そんな時間も必要なのかも・・・。
そんなことを考えながら歩いているうちに、気が付くと飯田橋駅に到着していた。
夕暮れの羽田にて ― 2009年04月02日
ひとつ前にも書いたとおり、出張帰りの夕方までの時間を、「行きあたりばったり」を楽しんで過ごしていた。まさにこのブログのタイトルどおり。
朝、ホテルをチェックアウトした後は、友人に連絡して昼飯を奢ってもらったり、外堀の桜並木を歩いたり、秋葉原の電気街をうろついたりしながら夕方までの時間を過ごしていた。
特にこれといった目的がない時間の過ごし方だから、途中で気持ちが変わると、今来た経路をまた逆に戻ることになったりして、非効率なことこの上ないのだが、でもそんな時間の過ごし方が、とても楽しかった。
最近は綿密ではないにしても、何らかの目的を持ってどこかへ出かけ、目的を果たしたら次の目的地へと巡回し・・・やむを得ないのだが、そんな時間ばかりなんだよなぁ・・・と、述懐。
さてまだ時間は少し早いが空港でのんびりしようと、浜松町からモノレールで羽田へと向かった。
セキュリティチェックを受けてから搭乗までの1時間ほどの時間をぼんやりとして過ごす。
次から次へと離陸する飛行機を眺めているうちに、やがて少しずつ陽が傾き始めた。
それに連れ、駐機場も少しだけオレンジがかった色合いに変わり始める。
こんな「オヤジ真っ只中」の年齢になっても、なんだかこの「夕暮れ時」というのが好きだ。
少し寂しく、少し切なく、ちょっぴり感傷的な気分にもなる、そんな時間を過ごす場所として、空港の出発ロビーという場所はお似合いという気がする。
さて搭乗開始のアナウンスが始まった。千歳に着くのは、完全に陽が落ちている時刻になる。
まずは缶ビール。そのあとは居眠りでもして千歳までの時間を過ごすことにしよう。
朝、ホテルをチェックアウトした後は、友人に連絡して昼飯を奢ってもらったり、外堀の桜並木を歩いたり、秋葉原の電気街をうろついたりしながら夕方までの時間を過ごしていた。
特にこれといった目的がない時間の過ごし方だから、途中で気持ちが変わると、今来た経路をまた逆に戻ることになったりして、非効率なことこの上ないのだが、でもそんな時間の過ごし方が、とても楽しかった。
最近は綿密ではないにしても、何らかの目的を持ってどこかへ出かけ、目的を果たしたら次の目的地へと巡回し・・・やむを得ないのだが、そんな時間ばかりなんだよなぁ・・・と、述懐。
さてまだ時間は少し早いが空港でのんびりしようと、浜松町からモノレールで羽田へと向かった。
セキュリティチェックを受けてから搭乗までの1時間ほどの時間をぼんやりとして過ごす。
次から次へと離陸する飛行機を眺めているうちに、やがて少しずつ陽が傾き始めた。
それに連れ、駐機場も少しだけオレンジがかった色合いに変わり始める。
こんな「オヤジ真っ只中」の年齢になっても、なんだかこの「夕暮れ時」というのが好きだ。
少し寂しく、少し切なく、ちょっぴり感傷的な気分にもなる、そんな時間を過ごす場所として、空港の出発ロビーという場所はお似合いという気がする。
さて搭乗開始のアナウンスが始まった。千歳に着くのは、完全に陽が落ちている時刻になる。
まずは缶ビール。そのあとは居眠りでもして千歳までの時間を過ごすことにしよう。
花粉症ふたたび ― 2009年04月07日
先週から鼻の調子が悪い。
元々僕はスギ花粉症ホルダー(笑)。だからこの時期はいつも鼻をかみ続ける毎日だった。だが札幌に住むようになってからはその症状も治まり、ここ数年はあの「辛さ」から解放されてきたのだ。
いよいよ別の花粉アレルギーの症状が出るようになったのだろうか。いやだなぁ・・・ちょっと心配。
さっそく耳鼻科へ行ったのだが、風邪の症状もあったので(鼻だけでなくのども真っ赤か)、とりあえず様子見ということで風邪薬を処方されて戻った。
で、翌日からは東京へ出張し、再び札幌へ戻ってきたのだが、のどの腫れは退いたものの、一向に鼻水が止まらない。
と言うわけで、昨日再び耳鼻科へ。
「こりゃ、花粉症かもねぇ。ちょうど今、白樺の花粉が飛び始めたので、症状が出始めた人が増えているんですよ」と先生。
そう、北海道はスギやヒノキの木はほとんど無い代わりに、ご存じのとおり白樺の木が多い。で、この白樺の花粉症を持つ人が、結構いるらしいのだ。地域限定だから一種の風土病のような気もしたりして(笑)。
「札幌に来て何年になります?」。先生から問われて答えると、「ああ、ちょうど(症状が)出てもおかしくない頃ですね」と。
続けて「先週は東京方面へ行ったりしていないですよね?」。いや、実は先週出張で、しっかりと行ってまいりました・・・。
「なるほど、それでさらに症状が強く出ているのかも知れませんね。スギだけなのか、他にもアレルギーがあるのか、検査しましょう!」
結局、そんな話に落ち着いた。
----ここからは4/13後日談----
というわけで、検査の結果が出た。
幸いと言うべきか、陽性だったのはスギ花粉のみで、白樺やハンノキなど、他の樹木のアレルギーは陰性だった。
「"札幌には杉の木がない"と思われがちですが、結構山の方には杉の木があるんですよ。先週あたりは結構飛んでいたみたいです」と先生から言われた。
「今住んでいるところ、実はちょうどその山の麓みたいなところなんですよ」と答える。
なるほど。僕も先生の互いの視線が交錯し、「合点がいったぜ!」と言う感じ。
それにしても、引越先を決めるときに、さすがに花粉症のことまでは考えていなかったものなぁ・・・。
ともあれ、これで原因は判明。
でも症状は一向に変わらず(抗アレルギー薬のおかげで多少は緩和されているけれど)。処方される薬も今までと同じ。
原因が分かっても、結局しばらくの間は花粉症に付き合わなくてはいけないようだ。
元々僕はスギ花粉症ホルダー(笑)。だからこの時期はいつも鼻をかみ続ける毎日だった。だが札幌に住むようになってからはその症状も治まり、ここ数年はあの「辛さ」から解放されてきたのだ。
いよいよ別の花粉アレルギーの症状が出るようになったのだろうか。いやだなぁ・・・ちょっと心配。
さっそく耳鼻科へ行ったのだが、風邪の症状もあったので(鼻だけでなくのども真っ赤か)、とりあえず様子見ということで風邪薬を処方されて戻った。
で、翌日からは東京へ出張し、再び札幌へ戻ってきたのだが、のどの腫れは退いたものの、一向に鼻水が止まらない。
と言うわけで、昨日再び耳鼻科へ。
「こりゃ、花粉症かもねぇ。ちょうど今、白樺の花粉が飛び始めたので、症状が出始めた人が増えているんですよ」と先生。
そう、北海道はスギやヒノキの木はほとんど無い代わりに、ご存じのとおり白樺の木が多い。で、この白樺の花粉症を持つ人が、結構いるらしいのだ。地域限定だから一種の風土病のような気もしたりして(笑)。
「札幌に来て何年になります?」。先生から問われて答えると、「ああ、ちょうど(症状が)出てもおかしくない頃ですね」と。
続けて「先週は東京方面へ行ったりしていないですよね?」。いや、実は先週出張で、しっかりと行ってまいりました・・・。
「なるほど、それでさらに症状が強く出ているのかも知れませんね。スギだけなのか、他にもアレルギーがあるのか、検査しましょう!」
結局、そんな話に落ち着いた。
----ここからは4/13後日談----
というわけで、検査の結果が出た。
幸いと言うべきか、陽性だったのはスギ花粉のみで、白樺やハンノキなど、他の樹木のアレルギーは陰性だった。
「"札幌には杉の木がない"と思われがちですが、結構山の方には杉の木があるんですよ。先週あたりは結構飛んでいたみたいです」と先生から言われた。
「今住んでいるところ、実はちょうどその山の麓みたいなところなんですよ」と答える。
なるほど。僕も先生の互いの視線が交錯し、「合点がいったぜ!」と言う感じ。
それにしても、引越先を決めるときに、さすがに花粉症のことまでは考えていなかったものなぁ・・・。
ともあれ、これで原因は判明。
でも症状は一向に変わらず(抗アレルギー薬のおかげで多少は緩和されているけれど)。処方される薬も今までと同じ。
原因が分かっても、結局しばらくの間は花粉症に付き合わなくてはいけないようだ。
ラジオと過ごした時間 ― 2009年04月09日
「ラジオが壊れてさ」。いつもの居酒屋でマスターが言っていた。
今まで店で使っていたラジオが使用開始何十年目かにして壊れ(こりゃ寿命だね)、代わりに奥さんが自宅で使っていたラジオを店に持って来たらしい。
「じゃあ代わりのラジオが必要でしょ?」。いつもベッドで寝ながら聴いているのだそうで「ああ、それで代わりのラジオを買えって言われてる」との返事。
「普通の小型のラジオでいいんでしょ?ポケットに入れようと思えば入れられるような。確かウチに使っていないラジオが何台か転がっていたと思うので、持ってこようか?」。
僕は、ポータブルラジオを必要以上に持っている。
通勤中に聴くことも多かったし、テント泊で山へ行くときにも必需品として持ち歩いていたので、気が付くといつの間にか増えていた。
最近ではラジオを聴く機会そのものが少なくなっている。
家にいる時だと、FM放送をBGM代わりに聴くくらいだが、そんな時はラジカセやコンポなど、据え置き型のラジオの登場となるので、ポータブルタイプのラジオが登場する機会はない。
通勤中も、今では乗車時間が10分足らずだし、そもそもが地下鉄なのでラジオを聴こうという発想すらない。
旅に出た時には、乗物の中でポータブルオーディオの音楽に飽きた時にラジオを聴くことはあるが、それはポータブルオーディオに内蔵されているラジオで、わざわざ別にラジオを持って行くわけではないのだ。
そう考えると何台もポータブルラジオを持っていても、宝の持ち腐れ。山へ行くときや非常用に1台ないし2台あれば十分だ。
ラジオを一番聴いていたのは、いつの頃だろう・・・。思い返すと、初めて自分専用のラジオを手に入れたのが中学1年生の頃だったと思う。
深夜にこっそりラジオを聴いて、その夜ふかしする自分にちょっぴり大人になったような錯覚を持っていた。
そう言えばBCL(Braod Casting Listner)という、海外の短波放送を聴取する趣味が流行ったのも、この頃だったと思う。
雑音の狭間で遠い外国からの日本語放送が聞こえてくると、思わず叫びたくなるほど嬉しかったことを思い出す。
受信感度や感想などを書いて放送局へハガキを送ると、折り返し絵葉書や記念品(バッチなど)がAirMailで送られてきて、それもまた、少しだけ大人に近づけたような気分にさせてくれた。
そんなことをラジオを手にしながら思い出す。
---------
数日たってマスターに「ラジオ持ってきましたよ」と手渡す。
ちょうど奥さんもいた。
スイッチを入れると、ポータブルラジオ特有の、軽い、高音に寄った音が流れ始める。「なんだか、古いけど懐かしい音がするのよね、こういうタイプのラジオって」と奥さん。
確かに。レトロ感タップリで懐かしい音がラジオから流れ出す。
ここでもまた、初めてラジオと出会い、過ごした頃の時間が蘇った。
今まで店で使っていたラジオが使用開始何十年目かにして壊れ(こりゃ寿命だね)、代わりに奥さんが自宅で使っていたラジオを店に持って来たらしい。
「じゃあ代わりのラジオが必要でしょ?」。いつもベッドで寝ながら聴いているのだそうで「ああ、それで代わりのラジオを買えって言われてる」との返事。
「普通の小型のラジオでいいんでしょ?ポケットに入れようと思えば入れられるような。確かウチに使っていないラジオが何台か転がっていたと思うので、持ってこようか?」。
僕は、ポータブルラジオを必要以上に持っている。
通勤中に聴くことも多かったし、テント泊で山へ行くときにも必需品として持ち歩いていたので、気が付くといつの間にか増えていた。
最近ではラジオを聴く機会そのものが少なくなっている。
家にいる時だと、FM放送をBGM代わりに聴くくらいだが、そんな時はラジカセやコンポなど、据え置き型のラジオの登場となるので、ポータブルタイプのラジオが登場する機会はない。
通勤中も、今では乗車時間が10分足らずだし、そもそもが地下鉄なのでラジオを聴こうという発想すらない。
旅に出た時には、乗物の中でポータブルオーディオの音楽に飽きた時にラジオを聴くことはあるが、それはポータブルオーディオに内蔵されているラジオで、わざわざ別にラジオを持って行くわけではないのだ。
そう考えると何台もポータブルラジオを持っていても、宝の持ち腐れ。山へ行くときや非常用に1台ないし2台あれば十分だ。
ラジオを一番聴いていたのは、いつの頃だろう・・・。思い返すと、初めて自分専用のラジオを手に入れたのが中学1年生の頃だったと思う。
深夜にこっそりラジオを聴いて、その夜ふかしする自分にちょっぴり大人になったような錯覚を持っていた。
そう言えばBCL(Braod Casting Listner)という、海外の短波放送を聴取する趣味が流行ったのも、この頃だったと思う。
雑音の狭間で遠い外国からの日本語放送が聞こえてくると、思わず叫びたくなるほど嬉しかったことを思い出す。
受信感度や感想などを書いて放送局へハガキを送ると、折り返し絵葉書や記念品(バッチなど)がAirMailで送られてきて、それもまた、少しだけ大人に近づけたような気分にさせてくれた。
そんなことをラジオを手にしながら思い出す。
---------
数日たってマスターに「ラジオ持ってきましたよ」と手渡す。
ちょうど奥さんもいた。
スイッチを入れると、ポータブルラジオ特有の、軽い、高音に寄った音が流れ始める。「なんだか、古いけど懐かしい音がするのよね、こういうタイプのラジオって」と奥さん。
確かに。レトロ感タップリで懐かしい音がラジオから流れ出す。
ここでもまた、初めてラジオと出会い、過ごした頃の時間が蘇った。
ヤチブキを食べる季節 ― 2009年04月11日
北海道もようやく春が訪れ、山菜の季節となった。
僕はこの山菜と呼ばれる山野草が好物の一つなので、採れたてが食べられる今の季節は、呑みに出かける楽しみの一つにもなっている。
で、今日食べたのは「ヤチブキ」。
道外の人は(道内の人でも)知らない人が多いだろう。
ヤチブキと言う名前は通称で、ごく一般的なフキに似た食感で、葉が似ていることから付けられた野草のことだ。正式名は「エゾノリュウキンカ」と言う。
「えっ、リュキンカ(立金花と書く)って花の名前なんじゃないの?」と、花に詳しい方は思われるかも知れない。詳しくない僕も名前くらいは知っていたのだが、札幌へ来るまでは観賞用の花だと思っていた。
ちなみに「エゾノ」が付かないリュウキンカの若芽も食用できるらしいが、基本的には有毒なのだそうだ(Wikipediaより)。
このヤチブキ、それほどおいしいとは思えない・・・いや、正直に言えば不味い。おひたしなどにして食べるのだが、それでも苦味はかなり強く、渋みのようなものもある。同じ苦味が強い山菜の系統とも、ちょっと違う傾向の味だ。
だから今までもう何度も食べてはいるのだが、一度として「うまい!」と思ったことはない(せっかく料理して出してくれているというのに、スンマセンです)。
そう思いながら、なぜ毎年食べるのか。
別に深い理由があるわけではないのだが、これは気分の問題が強いのかもなぁ・・・と思っている。
この時期、この強烈な苦みを口にすると「ああ、北海道にもようやく春が来たんだな」と、そんな実感を持てるから。
機会がありましたら、皆さんもぜひ一度・・・。
僕はこの山菜と呼ばれる山野草が好物の一つなので、採れたてが食べられる今の季節は、呑みに出かける楽しみの一つにもなっている。
で、今日食べたのは「ヤチブキ」。
道外の人は(道内の人でも)知らない人が多いだろう。
ヤチブキと言う名前は通称で、ごく一般的なフキに似た食感で、葉が似ていることから付けられた野草のことだ。正式名は「エゾノリュウキンカ」と言う。
「えっ、リュキンカ(立金花と書く)って花の名前なんじゃないの?」と、花に詳しい方は思われるかも知れない。詳しくない僕も名前くらいは知っていたのだが、札幌へ来るまでは観賞用の花だと思っていた。
ちなみに「エゾノ」が付かないリュウキンカの若芽も食用できるらしいが、基本的には有毒なのだそうだ(Wikipediaより)。
このヤチブキ、それほどおいしいとは思えない・・・いや、正直に言えば不味い。おひたしなどにして食べるのだが、それでも苦味はかなり強く、渋みのようなものもある。同じ苦味が強い山菜の系統とも、ちょっと違う傾向の味だ。
だから今までもう何度も食べてはいるのだが、一度として「うまい!」と思ったことはない(せっかく料理して出してくれているというのに、スンマセンです)。
そう思いながら、なぜ毎年食べるのか。
別に深い理由があるわけではないのだが、これは気分の問題が強いのかもなぁ・・・と思っている。
この時期、この強烈な苦みを口にすると「ああ、北海道にもようやく春が来たんだな」と、そんな実感を持てるから。
機会がありましたら、皆さんもぜひ一度・・・。
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